安藤美冬さんの近著『冒険に出よう』を読みました。
この本の中に、ソーシャルメディアを始めとする情報の断捨離、持ち物や洋服の断捨離、マイルールの設定などの話題が出てきます。確かに、あまりにインプットが多すぎても租借しきれないし、自分を演出する定番スタイルが確率していれば朝何を着るか迷うこともないし(他人からはあるキャラクターで統一したイメージを持たれて良いし)、あの店ではこれを頼む!などの定番メニューや、他人に対してどう接するかなど、必ずすると決めていることがあれば、毎日の生活で迷う事なくやるべきことも決まって来ますよね。
そう、これって確かに便利だな〜シンプルでいいな〜と思いました。
安藤美冬さんは別にシンプルで便利であるためにそれを行っているわけではなく、むしろアイデンティティの確率や他者への自己ブランディングとして行われているのだと読み取りましたが、これ、楽チンでもあるんですよね。だって、生活上決まっていることが多いって楽じゃないですか。余計な事考えなくていいから。
以前読んだシリコンバレーに関するエントリで、もう原文が探せないので細かい部分は定かではないのですがこういった話がありました。シリコンバレーでは選択肢がない、だからやるべき仕事に集中できると。遊ぶところも、食べるところもそんなにないと。東京は食べるもの一つ、目的地への行き方一つとっても選択肢が多い。美味しい飲食店はたくさんあるし、交通網も発達しているから電車一つとっても様々な乗り換え方がある。細かいけれど、そうした一つ一つに頭を使わなければならないのが東京だと。
つまり、選択肢が多いということは、かえって非効率で、人を疲弊させ、問題に集中する事から阻害させることもあるということです。私は基本的に人は自由である方が良い。自由であるという事は選択肢がたくさんあるということだ、と考えてきた方だったので、これはなるほど&衝撃でした。
安藤美冬さんの『冒険に出よう』の趣旨とは外れつつも、読了して思い出したのはこのことでした。そう、安藤美冬さんは“自発的に”不自由を選択しているのです。その結果、反対に問題に集中する「自由」を得ている。毎日生きていて、選択肢が増えすぎていることの弊害が多いからこそ、自から進んで選択肢を狭めることを意識づけている。強制的な不自由(選択肢の狭さ)は論外ですが、この「自発的な不自由」という選択を取るのはスマートだろうな、思いました。
なんだか非常に近代的な話というか、フロムの『自由からの逃走』じゃあるまいし、みたいな大きな話題になってしまいましたが、それはさておき。とにかく今は勝手にモノも情報も増えて行く時代なので、余計なものを減らす方の需要が多いのはもちろんだし、減らす際に意識的に自己形成(自己ブランディング的な?)するかたちで選別していく方がより良いよね♫という話になるのかな。
読みやすくてあっという間に読み終えました〜♫面白かったです。ランラン
